■lap79-"最速の交通違反"/近代F-1のペナルティ処置-
2003.12.12


ミハエル・シューマッハー(フェラーリ)82点、ファン・パブロ・モントーヤ79点、キミ・ライコネン75点で迎えた'03年F-1第15戦、アメリカ・グランプリ。逆転王座へ賭けるモントーヤは予選4番手からスタートし、3周目の第1コーナーで前を行くシューマッハーのチーム・メイト、ルーベンス・バリチェロのインを少々強引に突き、両者接触。バリチェロはグラベル・ベッドにはまり、リタイア。この接触劇を重く見た主催者側はモントーヤに対し、「危険な走行行為を行った」として、ピット・ロードを制限速度内で走る"ドライブスルー・ペナルティ"を課した。モントーヤはこのペナルティで順位はおろか、降り始めた雨でレイン・タイヤに交換するタイミングすら逸し、結局1周遅れの6位に終わり、更にシューマッハーが優勝した為に、1戦を残してチャンピオン獲得は計算上不可能となった。レース終了後ガックリと項垂れたモントーヤは「あのペナルティさえ無ければ.....」と悔やんでいた。ちなみにこのレース中、ドライブスルー・ペナルティを受けたドライバーはモントーヤ、クリスチアーノ・ダ・マッタ(トヨタ)、デビッド・クルサード(マクラーレン・メルセデス)の3人もいる。モントーヤ以外のふたりは、共にピット・レーンの速度制限違反によるもの。しかし、別に制限速度60km/hのピット・ロードを、故意に300km/hでカッ飛んだワケでは無い。当然制限速度内に合わせたスピード・リミッターのスイッチを押し、1速で走行するつもりが、何らかの原因でシステムが正常に働かなかったか、または速度制限ラインの前後で数km/hオーバーしただけか、のどちらかである。つまり、"わざとやったワケでは無い"もので、それは他車を故意にコース外の押し出したワケでは無いモントーヤにも言える事だ。

.....そう考えると、レース中のペナルティは"ほんの些細な事で"順位やタイムを大幅に失う、実にセンシティヴなものだと言う事が出来る。ほんの一瞬の判断ミスやシステムの誤動作が、取り返しの付かない結果を生んでしまうのである。今回は、F-1グランプリに於けるペナルティ処置を、様々なケースを例に考えて見よう。

モーター・レーシングに於ける"ペナルティ"対象として、まず思い付くのが"フライング・スタート"である。近年、F-1ではローンチ・コントロール等の有能なスタート・システムのおかげでフライング・スタートは殆ど見られなくなったが、実際スタ−トの合図以前にマシンが動いてしまった場合、主にピット・レーンでのストップか、ピット・ロードのドライブスルーが課される。フライングはスタート時に起こる為、ペナルティが決定されるのもレース序盤であり、該当車はレース序盤での順位を失う事になる。もし10周以内に発令されれば、多くの場合最後尾へと落ちる事は必死であろう。更に、その間ピット作業は行う事が出来ず、ついでにタイヤ交換や燃料補給、と言うわけにも行かず、ただ順位とタイムを失うのである。が、以前は該当ドライバーに対し、"全走行タイムにペナルティ・タイムを加算する"と言う方法が取られていた。最も新しい記憶では'90年第5戦カナダのゲルハルト・ベルガー(マクラーレン・ホンダ)が該当者である。予選2番手スタートのベルガーはグリーン・シグナル点灯前にグリッドを離れてしまい、トップには立ったものの慌ててアクセルを緩めてポール・ポジションのアイルトン・セナ(マクラーレン・ホンダ)に前を譲った。しかし時既に遅く、競技委員会は10周目に「カー・ナンバー28のマシンの全走行タイムに、60秒加算の処置を取る」と決定した旨をチームに通達した。マクラーレン・チームは無線で連絡を取り合い、トップのセナにベルガーを前に出させるよう指示、ベルガーは14周目にセナに譲られる形で見た目上のトップに立った。が、この時点で後方60秒以内には17台のマシンがおり、現在の正式順位はポイント獲得圏外の18位、と言う状況だったのである。.....こうなれば、ベルガーのやらなくてはならない事は明白である。つまり、勝ちたければ2位のマシンを1分以上引き離さなければならない。早い話が"急げ"である。ピットからは、トップを独走するベルガーに対し"P(ポジション)4、3位とのタイム差+1.5秒"等のサイン・ボードが出され、ベルガーは"見えない敵"相手にバトルを行う羽目になったのである。結局ベルガーは70周のレースをトップの1時間42分11秒でフィニッシュ。しかし、実際の記録上は1時間43分11秒となる。結果、ベルガーの正式な最終順位は4位であった。そして、5位となったアラン・プロストは1時間43分12秒、なんとプロストはゴール寸前に前後に競う相手がいなかった為にペースを落とし、本来4位だった筈の順位が5位になってしまったのである。もし最終コーナーでペースを落とさなければ、確実に4位でゴール出来た筈であった。当然プロストもフェラーリも、ベルガーが60秒ペナルティを背負って走っていた事/フィニッシュ時のタイムも知っていた筈であり、なんともお粗末な結果である。そして、皮肉な事にハーフ・ウェットのコンディションで見せたこの日のベルガーのパフォーマンスは、3年間のマクラーレン在籍期間でピカイチのものであった。

フライングとは反対に、スタート時に良く見られるケースとして、エンジン・ストール等でグリッドから動けないマシンに対する"最後尾スタート"と言う処置がある。まずスタート前にダミー・グリッドに着き、フォーメイション・ラップがスタートする1分前に、チーム・クルーは速やかにコース上から退去しなければならない。しかし、この段階で"エンジンがかからない"とか"エレクトロニクス/コンピューター・システムがダウンしてしまった"等でマシンが発進出来ない事がある。他のマシンがグリッドを離れ、遅れたマシンは仮に自力でスタート出来たとしても最後尾へ回され、本来いるべきグリッドは空き、最後尾の20台目の更に後からのスタートとなってしまう。また、フォーメイション・ラップを終えてグリッドに着いた時点で誰かがエンジン・ストールすると、レースそのものがスタートやり直しとなり、原因を作ったドライバーはやはり最後尾へと回される。'03年第6戦オーストリア・グランプリではトヨタのダ・マッタが2度に渡ってスタート出来ず(1回目エンジン・ストール、2回目ローンチ・コントロール・トラブル)、1度目に既に最後尾に回されていた為、2度目は見た目上何の変化も無い、と言う珍事も起きている。'98年最終戦鈴鹿では、ミカ・ハッキネン(マクラーレン・メルセデス)に対し、逆転チャンプを狙うシューマッハー(フェラーリ)がポール・ポジションを獲得。ところがスタートでヤルノ・トゥルーリ(プロスト・プジョー)がエンジン・ストールし、再スタートに。この時、他のチームがオーバー・ヒート防止の為にラジエターにクーリングを施したのに対し、フェラーリは何の作業もせず、結果2度目のスタートとなるフォーメーション・ラップで、今度はなんとシューマッハーがオーバー・ヒートが原因でエンジン・ストール。最後尾へ回されたシューマッハーは結局ハッキネンを追撃する事が出来ず、目前でタイトルを逃したのである。

そして、近年最も多く見られるペナルティが"黄旗無視"及び"ピット・レーンでの速度違反"である。黄旗(所謂イエロー・フラッグ)はコース上或いはコース・サイド等にリタイアしたマシンがストップしている際、または事故処理作業中、オフィシャルがコース上に出ている際等、比較的登場の機会が多い。そして、特に前後のマシンとバトルを繰り広げている時等、コース・サイドで振られる黄旗の存在をドライバーが見落とし安いのは確かである。

'98年第9戦イギリス・グランプリ。残り15周の時点で、フェラーリのシューマッハーは黄旗提示区間でアレックス・ブルツ(ベネトン・プレイライフ)を抜いてしまい、オフィシャルはシューマッハーに対し"全走行タイムに10秒加算"を通告。が、レギュレーション上、タイム加算は"レースが残り12周を切っている場合"と記されており、残り15周の時点で起こったこのケースでは、本来"10秒間のピット・ストップ"が命じられる筈であった。走行タイムに10秒加算するのと、速度制限のあるピット・ロードを走り、更に10秒間停止するのとでは結果が大きく変わってしまう為、フェラーリとチャンピオン・シップを争うマクラーレン・メルセデス側が猛抗議。結局シューマッハーは混乱するレースの最終ラップにピット・ストップを行い、ピット・ロードでチェッカーを受けたのである。そして、FIAは「正確な通達をチームに行えなかったオフィシャルのミス」として、シューマッハーに対するペナルティそのものを無効とする、と決定したのである。

'94年、シューマッハーとベネトン・フォードはセナ/ラッツェンバーガーの事故で混乱するチャンピオン・シップに於き、テクニカル/スポーティング・レギュレーションの両方である意味"犠牲"となった。第8戦イギリスでは、フォーメイション・ラップ中に2位シューマッハーが1位のデイモン・ヒル(ウイリアムズ・ルノー)を追い越してしまい、競技委員会はシューマッハーに対し、"5秒間のピット・ストップ・ペナルティ"を決定。ところがベネトン・チームはこれを"走行タイムに5秒加算"と思い込み、シューマッハーに伝達。22周目、競技委員会は走り続けるシューマッハーにピット・ストップをうながす黒旗を提示、ようやくチームが気付いてシューマッハーをピット・インさせたのは更に5周後の27周目。結局シューマッハーは2位でチェッカーを受け、表彰台にも登ったが、レース後になって黒旗無視を理由にイギリス・グランプリの失格処分を言い渡し、更に2戦の出場停止処分と50万ドルの罰金が科せられたのである。また、第11戦ベルギーではシューマッハーがトップでゴールしたが、レース後の車検でマシン下部のスキッド・ブロックが規定の厚みに足らない事が発覚(恐らくレース中に縁石等で削れただけ、と思われる)、チェッカー5時間後になってまたも"失格"が言い渡されたのである。他にも'94年シーズンのベネトンには"給油装置改造疑惑"等があり、FIAのテクニカル/スポーティング・レギュレーションに振り回されたシーズンとなった。

'02年、ザウバー・ペトロナスのフェリペ・マッサは同年3月に出来たばかりの新レギュレーション、"レース中の多重クラッシュの原因となったドライバー(特に悪質である、と認められた場合)に、次戦の予選グリッドを10台分引き下げる"と言うペナルティの該当者となってしまった。第15戦イタリア、マッサは16周目にペドロ・デ・ラ・ロサ(ジャガー)と接触、共にリタイアとなったが、FIAは「原因はマッサの危険なドライヴィングにある」として、次戦アメリカ・グランプリの予選結果に10台分のグリッドを追加する事を決定。つまり、マッサは例えポール・ポジションを獲っても10位スタート、10位以下なら最後尾スタートとなる事が決定したのである。これを受けたザウバー・チームは、アメリカ・グランプリにマッサの代わりとしてハインツ・ハラルト・フレンツェンの起用を決定。実は、このペナルティはあくまでも当該ドライバーに対してのみ有効で、チームにドライバー交代があった場合、代わりのドライバーはこのペナルティを受けずに済むのである。当時ジョーダン・ホンダ/ジャガー/BAR・ホンダらとコンストラクターズ・ランキング5位を争っていたザウバーは迷わず代役を起用。翌々戦鈴鹿ではマッサが復帰するが既にこのペナルティは効力を失っており(対象はあくまでも当該レースの"次戦"だからだ)、通常の予選結果通りにスタート。つまり、所属チーム自らが該当ドライバーに対し、自動的に"1戦出場停止処分"を課したのと同じ事になるのである。

.....こうした、レース中のミスやドライヴィングに起因するペナルティは走行タイムに条件をプラスする形を取り、且つ日常茶飯事的に起こるが、結果的にレース単位での"失格"、或いは"チャンピオン・シップからの除外"等と言った大きなペナルティも存在する。

近年、最も豪快なペナルティと言えば、'97年最終戦ヨーロッパ・グランプリでの"シューマッハー、年間ランキング抹消"であろう。ウイリアムズ・ルノーのジャック・ビルヌーヴとタイトルを争い、トップを走っていたシューマッハーは48周目に後方から追い上げて来た2位ビルヌーヴがヘアピンでインに入って来た際、明らかにインを締めてビルヌーヴと接触。自身はリタイア、ビルヌーヴはどうにか完走してタイトルを獲得したが、FIAはシューマッハーの行為が危険だった、としてランキング2位の記録をシーズンから除外する事を決定。ただ、自身の'97年中の5勝と獲得ポイントは記録上には残り、あくまでも選手権2位の座が剥奪される、と言うものだった。更に、FIAからはシューマッハーに"7日間のボランティア活動"が命じられた。さながら、交通違反の罰則、と言う印象である。このレース/当該ドライバーのように、FIAが"チャンピオン・シップに於ける重要な1戦での危険行為"に取る処置は特に厳しい。'89年第15戦鈴鹿ではやはりタイトル争いをしていたマクラーレン・ホンダのセナがプロストとシケインで接触し、プロストはリタイアしたがセナはマーシャルの手を借りてエンジンを押し掛けし、コースに復帰。トップでチェッカーを受けたものの"シケイン不通過"で失格、タイトルはプロストのものとなった。セナはその後"危険な走行"を問われてスーパー・ライセンス剥奪の処置を受けるが、FISAへの"詫び状"によってどうにか取り消された。'84年シーズンのティレル・チームは更に豪快である。ターボ・エンジン全盛期に自然吸気のフォードV8を搭載して活躍を見せたが、シーズン中にティレル012の水タンクの中から微量の炭化水素が検出され、長期に渡る分析の結果これがエンジン出力に違法な加担をしていた事が判明、FIAはティレルに出場停止処分を通告するが、これを不服としたティレル側が控訴し、出場を継続。しかしシーズン終了を待たずしてFIAは'84年のティレルの全リザルトを"失格"とする、と決定したのである。これにより、'84年にティレル/所属ドライバーが残したリザルトは全て"失格"と言う表現に代えられてしまったのである。

.....さて、こうして近年のF-1グランプリに於けるペナルティを見て来て、何故かミハエル・シューマッハーが例に上がる事が多い事に気付く。つまり、6度の世界タイトルを獲るような天才ドライバーでもミスはする、と言う事と、王座に君臨するような強さ/チームの画期的なアイデア、等は常にライバル/主催者側にマークされ、議論の対象となり易い、と言う事なのだ。



「僕だって人間だ。過ちを犯す事だってある」
-'97年、ランキング抹消の決定を受けて/ミハエル・シューマッハー-


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